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 雨が降っている。そんなにたくさんの量じゃない。しかしパラパラと大粒な水滴。

そして今日の気温は32度近くまで上がると、朝方見たニュースの気象予報士が言っていた。

ところがどうだろう。この体感温度、37度はあるんじゃないかと言いたくなるくらいだ。

昨年くらいならもっと早い時期に涼しげな風が吹いたものなのに、9月半ばの今日は、

じめじめと蒸し暑い。おまけに今日の日のために買った彼女の17万のジュマリエールのワンピースに、水玉模様より小粒な水滴といえど目障りだ。まるで酸性の水滴に茶色の色が混じっていて、漆黒の滑らかなクリアシルクの生地の繊維が壊れ、別の色合いにシミ染るんじゃないかと思えたのだ。「ああ、そうだった。すっかり忘れていた。今日は情熱的で才気豊かな彼女の話をしようと思っていたのだよ。」

いかにも紳士という言葉が似合いそうなその男は、遠くの景色を見つめるように答えた。




 女は無表情で、雨が降っていることなどおかまいなしにゆっくりと歩いていた。女が歩いている場所は、とある街の交差点近く。周りの人間たちは雨に濡れないようにしっかりと傘をさしている。もうすでに夜の9時半だというのに、忙しそうに仕事の話をしているビジネンマンがいる。まだ、近づくことすら緊張するのか、お互いに気を遣い合ってる男と女。雨が降っているにも拘らず、飼い犬の散歩をしている中年女性。みんな傘をさしている。そして雨の水滴は徐々に傘をさしていない女の化粧を落としていく。

「雨が気持ちいい・・・。」

女は呟いた。ほかの大勢の人間たちはこの雨をジメジメすると表現しそうなものだが、この女にとって火照った体を冷やす冷湿布のようなものなのだろうか。

「なぜ私は歌うの?」

続けて女は自分を問う。答えなど見つからない。昨日まで散々に考えていたことなのだ。いまさらという気持ち。彼女の肌の上で弾ける雨が、彼女の無表情に悲しみの色を加える。

なぜ歌うのかはわからない。歌いたいから。それで十分なのかもしれない、と女は思った。

 女はふと交差点の中心で立ち止まる。 

舞台は存在した。煌く高層ビルのイルミネーション。彼女を照らすショーのライトアップ

女は突然衝動に駆られた。しかし静かに、静かに、空気をそっと口の中に運ぶように歌いだす

交差点の向かいにいるとある若い男が言った。

「なんかすごい高くて綺麗な音がしない?」

その音はやがて急激に高鳴った。その場にいた大勢の者たちが一斉に音の存在に気づいた。

どこから「音」がしているのかわからない。ただ確かに分かるのはとてつもなく綺麗な調子を纏った音だということ。みな探した。どこだ、どこだ、と。その交差点にいる人間達が徐々に、徐々に、ピタリ、ピタリと、とまりだす。煌く高層ビルのイルミネーションはキラキラと震えながらひとりの女性、クリアシルクの漆黒を照らしていた。

 3分程度だっただろうか。音が止み、その場にいた全員が静まり返っている。しかし次の瞬間、大きな拍手と共に大声援が、光がキラキラと反射するその漆黒の女に、歓喜した人間、熱情を抱いた人間、高揚、焦燥、憎悪、悲しみ、ありとあらゆる感情までもが浴びせられた。そして女は、自分に声をかけてついてくる幾人かの人を気にもせず、今日の目的地へ向かってゆっくりとまた歩き出した。

 ジュマリエールの赤い帽子



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2012.09.14 Fri l l コメント (1) トラックバック (0) l top

コメント

No title
戯曲のような読み心地。作品の一部という扱いだと思うが、多少手を加える程度でこれだけで独立して存在することも可能かと思う。品格のある流麗な修辞。視点の切り返しによる情景の立体感が見事。短編映画になりそう。全体を通すと勢いに任せて筆が進んでいる部分もあるかも。
2012.10.01 Mon l オーロラ. URL l 編集

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