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「今日は随分とめかし込んでるんだな、デートか?」
 開け放たれた窓から差し込む日差しにウトウトしながら、ソファーで横になっていた三毛猫のキジは、クローゼットを漁る同居人を見て目を細めた。
「違うよ、港で実習。でも班別行動があるから、その時にちょっとね」
 ベッドに何着も服を並べて、ミハルは腕を組んでうぅーんと唸った。
「まぁ、時間に遅れないようにな」キジもうぅーんと唸り、猫特有の伸びをする。
「あ、顔なんて洗わないでよ。雨でも降ったらどうすんのよ」
 姿見の前でワンピースを身体に合わせていたミハルは、毛づくろいをはじめたキジの方を見ると顔をしかめた。
「今日は1日快晴だよ、そんな迷信、今じゃ知ってる奴の方が少ないだろうが」
 飛んできた服を軽やかに避け、やれやれと言った表情で出窓へ飛び移るキジ。漆黒のその瞳には晴れ渡った空が映っていた。

 ここは首都ラスカから遠く離れた町、フィリス。その外れにある古いアパートの2階、南の角部屋がキジとミハルの寝床だ。
 港町としての活気が溢れているものの、都会のような慌ただしさは無く、基本的に人々はのんびりと暮らしている。漸く終結した革命戦争の影響も、元々この町にはあまりなかったようだ。
「戦争、か」キジは時間に追われ飛び出していったミハルを窓際で見送りながら、彼女の父親の事を思い出した。
 かつてのキジのパートナー。魔法の才能に溢れた彼は革命軍の魔人と恐れられ、軍の関係者ではそのの名を知らぬ者は居ない程の男だった。彼が他界してから、もう3年が経とうとしている。
 彼の死と共にキジも現役を引退し、今は彼の娘と余生をのんびりと過ごしていた。
 昔に比べて人も動物も、魔力持ち自体の数が随分と減った。今キジと会話が出来る程の魔力があるのは、この町ではミハルだけだった。

 キジが昔に想いを馳せながら陽だまりの中で微睡んでいると、突如。のどかな昼下がりに相応しくない地響きと轟音が、窓ガラスをビリビリと震わせた。
「なっ、なんだぁ??!」
 慌てて窓から屋根に登り辺りを見回すと、遠くから土煙が上がっていた。
「!あれは、ゴーレムか?!」
 目を凝らすと、港の方で土色の巨人が暴れているようだった。
「ミハルの奴、港で実習って言ってたな」
 キジはそのまま屋根伝いに港を目指して駆け出していた。
 遠くから聞こえる人々の怒号と悲鳴が、嫌でも戦火の中に居た日々を思い出させる。

 キジがたどり着いた時には、辺り一面に積荷や魚介類が散乱し、港は随分な有様だった。
 避難が早かったからか、元から人が少なかったからか、幸い大したけが人は出て居ないようだった。
「骨董品が搬送中に起動しちまったのか」見れば大型の木箱が粉々に破壊されていた。
 地元の自衛団が弓や剣で対抗しているが、土人形の暴走を止めるには至っていないようだった。
「あいつらじゃ役不足か…」キジはチッと舌打ちすると、辺りを見渡す。
 魔法使いや製造者のラビならば対処法も知っているだろうが、魔法とかけ離れた生活をしている彼らにとっては、未知の脅威だろう。
 近くに落ちていた矢を咥えると、キジは再度ゴーレム近くの建物の屋根へ登る。
「《emeth》土人形にゃ《真理》は勿体無いな」
 尻尾でスラスラと空中に青白く輝く魔法の文字を描く。
 宙に浮かんだ文字はそのまま形を組み換え魔法陣に変化した。
「ゴーレムを壊すには、頭のeを消せ。魔法使いにゃ常識だ」
 咥えてきた矢を、目の前に出現した魔法陣に投げ込む。
 矢は魔法特有の青白い光を纏い、一直線にゴーレムの額へと突き刺さった。
 eの文字が削れ、額の文字が《meth》死んだと意味の変わった土人形は動きを止め、次の瞬間にはボロボロと崩れ出した。

「な、なんだぁ?!」
 崩れた積荷を物色していた男は、突如崩壊をはじめたゴーレムを見て慌てだした。そう簡単にやられる訳はないと思っていたが、案外ラビの言う事も当てにならない。
「たまたま矢でも額に当たったのか?ちっ、予定が狂っちまったな」
「幾ら骨董品でも、術者無しで動く訳が無いと思ったが…案の定だな」
「誰だ?!」
 男が振り返ると、三毛猫が窓際に座ってこちらを睨んでいた。
「俺の声が分かるとは、お前も魔力持ちか。それにしちゃ波動が弱いな…ロクに魔法も使えなさそうだが」
「メフィストだと?!どうしてこんな田舎に…」
「メフィストか。久し振りに聞いたな」
 魔力持ちの猫をメフィストと言う。もっとも魔力の無い人間から見れば普通の猫と区別が付かないので、専ら魔法使い間でのみ、その俗称は使われていた。
「ラビから買ったゴーレムで火事場泥棒か。せこいな」
「うるさい!」
 男は腰に下がっていたナイフを抜くとキジに切りかかった。たかが猫一匹に計画を台無しにされてたまるか。
「うるさいのはお前の方だ。少し大人しくしてろ」
 男が最後に見たのは、空中に描かれた魔法陣から現れた巨大な拳だった。

「キジ!さっきのあんたがやったの?!」
 伸びている男を適当なロープで縛ろうと悪戦苦闘していると、背後から聞きなれた声がしてキジは顔を上げた。
「ミハルか、丁度良い。こいつを縛って自警団に引き渡してくれ。ゴーレム騒動の犯人だ」
「え、えぇ?話が見えないんだけど?」
「後は頼んだぞ」徐々に集まり始めた人だかりを見て、じゃあなと言ってキジは撤退した。
 魔法は戦争の遺産。この平和な町には到底似合わない。
 キジの過去を知っても尚、ただの猫として受け入れてくれたこの町の人々に恐れられたくは無かった。

「お手柄だったんだね、キジ」
 その日の夜。夕食をテーブルに並べながら、ミハルは上機嫌だった。
「お、刺身の盛り合わせとは随分と豪華じゃねえか」
 目の前の皿に盛られた赤身にキジは早速舌鼓を打つ。
「港のおじさんがね、お礼だってさ」
「見られてたか」
「別に悪い事したんじゃないんだし良いじゃない」
「まぁ、そうだが…俺は普通の猫で良いんだよ」
 バツの悪そうな表情のキジの頭を、ミハルは優しく撫でる。
「誰もキジが特別だなんて思ってないよ」
「そうか、嬉しいねぇ。だが頭を撫でるのはやめろ。小っ恥ずかしい」
「えー、たまには良いじゃん」
 じゃれ付いてくるミハルを交わしながら、しかしこの瞬間を何よりも愛おしく感じるのも事実だった。
 賑やかな声が響く古いアパートの2階、南の角部屋。今日も港町フィリスは平和だ。
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2012.10.24 Wed l 遠野杏子 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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